大判例

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福岡地方裁判所 昭和57年(カ)1号 判決

再審原告

甲野花子

再審原告

乙山一郎

右法定代理人後見人

甲野花子

再審原告

乙山二郎

再審原告

乙山春子

右再審原告ら訴訟代理人

鈴木忠一

高木茂

再審被告

丙原秋子

右訴訟代理人

原口酉男

竹之下義弘

再審被告

福岡地方検察庁検事正

吉川芳郎

主文

1  本件再審の請求を棄却する。

2  再審訴訟費用は、再審原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  再審原告ら

1  再審被告丙原秋子を原告、再審被告福岡地方検察庁検事正を被告とする福岡地方裁判所昭和五五年(タ)第七〇号親子関係不存在等確認請求事件につき同裁判所が昭和五六年二月二六日言い渡した判決を取消す。

2  再審被告丙原秋子の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、全部再審被告らの負担とする。

との判決

二  再審被告丙原秋子

主文同旨の判決

三  再審被告福岡地方検察庁検事正

1  本件再審の訴えを却下する。

2  再審訴訟費用は、再審原告らの負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  再審原告らの主張

(確定判決の存在)

1 再審被告丙原秋子(以下「再審被告丙原」という。)は、昭和五五年一〇月一五日、再審被告福岡地方検察庁検事正(以下「再審被告検事正」という。)を相手として、福岡地方裁判所に、再審被告丙原と亡丁野正一・亡丁野マサとの間に親子関係が存在しないことの確認及び再審被告丙原が亡乙山勇の子であることの認知を求める訴えを提起し、同裁判所は、昭和五五年(タ)第七〇号事件として審理の結果、同五六年二月二六日、再審被告丙原勝訴の判決(以下「原判決」という。)を言い渡し、右判決は、同年三月一七日確定した。

(当事者適格)

2(一) 再審原告甲野花子は、乙山勇と妻シズエとの間の長女であり、再審原告乙山春子は、同じくその二女である。

また、再審原告乙山一郎、乙山二郎は、いずれも乙山勇・シズエの養子である。

乙山勇は、昭和五五年四月六日、死亡したが、その死亡時に九億七五三七万六六三八円の財産(課税対象となつたもの)を有していた。

(二) したがつて、原判決が有効とすれば、再審原告〈編注・被告?〉丙原は、亡乙山勇の非嫡出子として相続人に加わる結果、再審原告らの相続権は侵害されることになる。

よつて、再審原告らは、原判決の取消しについて固有の利益を有する第三者であるから、本件再審の訴えを提起するについて、当事者適格を有するものである。

(再審事由)

3 原判決には、以下に述べるとおり民訴法四二〇条一項三号の類推適用による再審事由がある。

(一)(1) 再審原告らは、再審被告丙原が提起した前記の認知等の訴え(以下「前訴訟」ともいう。)については、その訴え提起から原判決の確定に至るまでの間、再審被告丙原又はその訴訟代理人から何らの連絡がなかつたことはもちろん、再審被告検事正からも訴訟告知その他何らの通知も受けず、また裁判所から尋問の呼出その他陳述を求められたこともなかつた。再審原告らは、前訴訟が係属し、原判決がされたことを原判決が確定した後である昭和五六年四月七日に至り知つたもので、このため、自己の責めに帰することができない理由により、前訴訟において、主張・立証の機会が与えられなかつた。

(2) 原判決裁判所は、前訴訟において、検察官不出頭のまま、再審被告丙原(前訴訟の原告)の申請した証人二人のみを全く形式的に取調べ、二回の口頭弁論期日を開いただけで弁論を終結し、最も重要な事実を極めて抽象的に認定し、実質的には人事訴訟手続法(以下「人訴法」ともいう。)で禁止されている欠席判決に等しいと言つてよい原判決を言い渡した。

(二)(1) 何人にも、憲法三一条、三二条の規定に内在する権利として、裁判にあつては審問を求め、又は審問の機会を与えられるといういわゆる審問請求権が認められる。この権利は、裁判手続の当事者だけでなく、当該裁判の効力が第三者にも及ぶものであるときは、直接にその権利を侵害される第三者にも認められるものである。

このことは、最高裁判所昭和三七年一一月二七日大法廷判決(刑集一六巻一一号一五九三頁)(関税法違反)をはじめ、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法二条、三条、一三条等の規定及び行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)二二条、三四条の規定が、いずれも第三者の審問請求権の存在を前提としていることによつても明らかである。

(2) 人事訴訟手続法は、認知の訴えにつき言い渡した判決は、第三者に対してもその効力を有する旨を規定している(三二条一項、一八条)が、右判決の効力により利害関係を有する父の相続人等第三者に対して前記の審問請求権を保障する規定を置いていない。

したがつて、人訴法三二条一項、一八条の規定は、憲法三一条、三二条に違背するものというべきである。

また、認知の訴えを審理する裁判所は、父の相続人が審問請求権を有するのであるから、右相続人に対し、告知、すなわち、訴訟の係属、理由、進行の程度及び訴訟参加することができることなどを口頭又は書面で知らせる義務がある。裁判所が右義務を怠り、父の相続人に対して認知の訴訟に関与する機会を与えないでした認知の判決は、憲法違反の判決というべきである。

(3) しかしながら、右のような違憲な判決であつても、判決の当然無効ということはあり得ぬから、これは無効な判決ではなく、この場合に残されている唯一の救済方法は、再審の訴えだけである。

民訴法四二〇条一項三号は、「法定代理権、訴訟代理権又ハ代理人カ訴訟行為ヲ為スニ必要ナル授権ノ欠缺アリタルトキ」と規定し、当事者が故なく手続から全く除外されたまま、手続が進められ、その当事者に不利益な判決が言い渡されて確定した場合を再審事由としているものである。

認知訴訟における当事者でなくとも、判決の効力により、当事者にも比すべき利害関係を有することになる第三者が、右訴訟において審問の機会を全く与えられないまま、手続が進められ、不利益な判決が言い渡されて確定した場合も、前記四二〇条一項三号の場合と異なるところはないというべきである。

そうして、行訴法三四条一項は、「……第三者で、自己の責めに帰することができない理由により訴訟に参加することができなかつたため判決に影響を及ぼす攻撃又は防禦の方法を提出することができなかつたものは、これを理由として、確定の終局判決に対し、再審の訴えをもつて、不服の申立てをすることができる。」と規定していることを考えると、前記の第三者が自己の責めに帰することができない理由で、認知訴訟に関与できなかつた場合には、民訴法四二〇条一項三号の類推適用による再審事由が存するものと認めるべきである。

(三) したがつて、原判決には、右の類推適用による再審事由の存することが明らかである。

(前訴訟の請求原因に対する認否)

4 乙山勇が昭和一三年ごろ茂野某女と知り合い、情交関係を結んだ結果、同女が同一四年一月一六日、再審被告丙原を出産した事実は、否認する。

(主張の要約)

5 よつて、再審原告らは、原判決の取消し及び再審被告丙原の請求を棄却することを求める。

二  再審被告丙原の主張

1  再審原告ら主張2の当事者適格に関する主張は、争わない

2  再審原告らの主張する再審事由は、民訴法四二〇条一項三号に該当しないものである。

(一) 民訴法四二〇条一項に規定する再審事由は、制限列挙的なものと解すべきであり、軽軽に本条の類推適用を認めるべきではない。

(二) 人訴法においては、父が死亡した後の認知の訴えについては、検察官をもつて相手方とする旨を規定している(三二条二項、二条三項)だけで、判決の効力により利害関係を有する第三者に対して訴訟告知、その他何らかの通知をすべきことは、いずれの当事者にも義務づけていない。

再審原告らの再審事由についての主張を、再審事由に該当するものと認めるとすれば、死後認知の訴えの当事者に、現行法で要求されていない義務を課すこととなり、右主張は不当である。

(三) 再審原告らは、原判決の効力を受ける第三者として、民訴法四二〇条一項各号の再審事由を主張して、原判決に対して再審の訴えを提起し得る途が開かれているのであるから、原判決は憲法三一条、三二条に違反するものではない。

三  再審被告検察官の主張

再審原告らの再審事由についての主張は、民訴法四二〇条一項各号に列挙されている再審事由のいずれにも該当しないものである。

よつて、本件再審の訴えは、却下されるべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、再審被告丙原は、その主張のような再審被告丙原が亡乙山勇の子であることの認知などを求める訴えを提起し、福岡地方裁判所は、同五六年二月二六日、再審被告丙原勝訴の原判決を言い渡し、右判決は、同年三月一七日確定したことが認められる。

二〈証拠〉によれば、再審原告らの主張2の(一)の事実を認めることができる。

右事実によれば、再審原告らは、原判決の取消しについて固有の利益を有する第三者ということができるから、本件再審の訴えについて当事者適格を有することが明らかである。

三そこで、進んで、再審原告らの主張の再審事由の存否について判断する。

1  まず、再審原告らは、「人訴法三二条一項、一八条は、認知の訴えについて言い渡された判決が第三者に対しても効力を有する旨を定めているが、人訴法中に右判決の効力により利害関係を有する第三者に対し、当該訴訟に関し告知等をすべきことの規定を置いていないから、右三二条一項、一八条は憲法三一条、三二条に内在する審問請求権を侵害するものとして違憲である。また、認知についての判決の効力により利害関係を有する第三者である父の相続人に対し、当該訴訟の係属を告知せず、右訴訟に関する機会を与えないでした認知についての判決も、同様の理由によつて憲法に違反する判決である。」と主張する。

そこで判断するに、認知の訴えについて言い渡された判決は、当該訴訟の当事者でない第三者に対しても効力を有するものと定めるから、右判決によつて影響を被る右第三者の利益は、当該訴訟において手続的に保障される必要があることは明らかであり、憲法三一条、三二条によつて保障されているものと解すべきである。

そうして、人訴法は、認知を求める訴えの審理について、通常の民事訴訟の場合と異なり、裁判上の自白に関する法則を適用しないものとすると共に、請求の放棄・認諾及び和解を認めないものとし、また、検察官は弁論に立ち会い、意見を述べ、事実及び証拠方法を提出することができるものとしているほか、さらに、裁判官は、職権をもつて証拠調をし、かつ、当事者が提出しない事実を斟酌することができるものとしている(同法三二条一項、一〇条、五条、三一条参照)。

このように、人訴法は、認知を求める訴訟について、当事者をして自己の利益だけでなく、利害関係を有する第三者の利益をも損わないように訴訟を追行させ、さらに、裁判所をして公益の代表者たる検察官の協力を得て親子関係の真相の解明に十全を期させることとし、これにより判決の結果、利害関係を有する第三者の利益を手続的に保障することとし、もつて、右の第三者の憲法三一条、三二条に定める権利を保障しているものと解することができる。

再審原告らは、認知についての判決の効力により利害関係を有する第三者は、憲法三一条、三二条により、当該訴訟について告知を受け、その訴訟に関与する機会を与えられるべき審問請求権を有する旨主張するが、憲法には右の審問請求権について直接の明文はなく、憲法三一条、三二条が人訴法の前記規定による手続的保障だけでは著しく不合理であるとし、再審原告らが主張する内容の審問請求権をも認めているものと解することはできないから、再審原告らの右主張は採用できない。

したがつて、再審原告らが主張するように、人訴法三二条二項、一八条の規定は、もとより、認知訴訟に関し右の第三者に対し告知をせずにした判決が、違憲であると解することはできない。

2  次に、民訴法四二〇条一項三号の類推適用による再審事由の有無について検討する。

(一)  再審原告らは、人訴法三二条一項、一八条の規定が違憲であり、また、認知についての判決の結果、利害関係を有する第三者に対し告知をしないで言い渡した判決も違憲であるとし、これを前提としてその救済を計る方法として、右の類推適用による再審事由を主張するところ、右法条及び判決が違憲でないことは前記1で判断したとおりであるから、再審原告らの主張はその前提を欠くものであつて失当である。

(二) さらに、認知訴訟において、判決の結果、利害関係を有する第三者に訴訟の係属等を知らせず、訴訟に関与する機会が与えられないまま判決が言い渡された場合であつても、右判決によつて影響を被る第三者の利益を保護するための手続的保障が計られていることは、前記1で説示したとおりである。

この場合(以下「前者」という。)と、民訴法四二〇条一項三号の当事者の訴訟追行に障害があつた場合(以下「後者」という。)とを対比するに、判決の効力を受ける者が訴訟の係属を知らず、不知の間に訴訟追行が行なわれたという点では両者が同じであるということはできるが、前者には前記の手続的保障があるのに対し、後者はそれがないのであるから、訴訟追行の面で異なるところがない、とすることは到底できないものというべきである。

したがつて、前者に、後者の民訴法四二〇条一項三号を類推適用すべきものとは認められないものであり、この点についての再審原告らの主張は理由がない。

3  してみると、再審原告らの主張3の(一)の事実が認められるとしても、これをもつて民訴法四二〇条一項三号の類推適用による再審事由にあたるものとすることはできないものというべきである。

四以上の次第で、再審原告らの再審請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(菅原晴郎 有吉一郎 井口実)

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